勉強とは?

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美術館の展覧会について書いた批評が褒(ほ)められたりするようになり、読むものも、ロラン・バルトのようなフランス現代思想になっていきました。でも、それらを読んでいたおかげで、受験の現代文は楽勝でした。教養教育は、受験にも有用なんです。大人の勉強についても、「大は小を兼ねる」「教養は実学を包含する」と考えているのは、その個人的体験があるからかもしれません。

 

長々と「自分ならではの享楽的こだわり」について語ってきましたが、なぜ、それが勉強にとって非常に重要かというと、それがないと勉強はきりがなくなってしまうからです。なぜ、そうなるか。それはあるテーマについて勉強を始めると、決して到達できない究極の真理を求めていったり、一つのテーマから他のテーマに際限なく目移りしてしまうことがよく起こるからです。このことに気づくと、勉強を成立させるには、その「有限化」が必要なことがわかります。「有限化」とは、勉強の範囲を絞り、仮の結論に至ったら、勉強を「中断」することです。でも、どこで「有限化」したらいいのか。そのとき頼りになるのが「自分ならではの享楽的こだわり」なのです。それが勉強を際限ないものとせず、仮に「中断」しながら進めていく助けになってくれます。そして、「欲望年表」による自己分析は、この「こだわり」を探る手がかりを与えてくれるでしょう。今日はお互いの勉強論を交わすうちに、期せずして互いの「欲望年表」を語ることになりましたね。

 

①本を読むことの大事さ

②勉強にも限度があるということ(ここでも完璧主義の悪さを認識)